忠犬ハチ公は何犬でだれを何年待ってたの?渋谷以外に銅像が設置された場所は?

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2019年5月12日(日)NHK【ダーウィンが来た!】では『最高の相棒!イヌと人』が放送されますが、忠犬ハチ公物語のように、イヌと人は他の動物にはない深い絆で結ばれているといます。

忠犬ハチ公はとても有名な話ですよね。

でも詳しいことを分かっていなかった私は、ハチ公について調べてみることにしましたヽ(^o^)

 

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ハチ公のwikiプロフィール

名前 : ハチ

愛称 : 忠犬ハチ公

種類 : 秋田犬

誕生 : 1923年11月10日(大正12年)

出生地: 秋田県北秋田群二井田村

    (現在の大館市)

天国に行った日:1935年3月8日(昭和10年)

最後にいた場所:東京・渋谷

飼い主 : 上野英三郎(現:東京大学の教授)

 

 

ハチは1923年11月10日に秋田県大館市の大河内の斎藤義一宅で8人兄弟で誕生しました。

ハチの父犬の名前は『オオシナイ(大子内)』で母犬の名前は『ゴマ(胡麻)』という名前でした。

↓↓↓ハチ公のお話↓↓↓

↓ちなみにこちら、可愛すぎる抱き枕です♬↓

  

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ハチの飼い主はだれ?

ハチの飼い主は東京帝国大学教授の上野英三郎さんでした。

上野英三郎さんはとにかく犬が好きな愛犬家で、出かける時には渋谷駅までハチを伴うこともよくしていたそうですよ。

しかし、ハチを飼い始めたよく年1925年に上野さんは急死してしまいました。

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ハチ、秋田から東京へ20時間の列車の旅

東京帝国大学農学部で教授を務めていた上野さんは秋田犬の仔犬を飼いたいという希望があったようで、そこにハチ世間瀬という人によって上野さんのもとへもらわれていくことになりました。

 

 

ハチの価値は30円(当時)で、生後間もない1924年1月14日に米俵に入れられて大館駅を出発し、貨物車で20時間の移動後東京の上野駅に到着しました。

上野さんの家は東京・渋谷区にあり、ハチは「ジョン」と「エス」という二頭の犬たちと一緒に上野さんに飼われることになりました。

ジョンが特にハチの面倒をよく見たそうですよ♬

ハチは玄関先や門の前で、主人である上野さんを必ず見送り、時には最寄の渋谷駅まで送り迎えをすることもあったそうです!

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飼い主がいなくなってからのハチ

上野英三郎さんがハチを飼い始めてから1年余りたった1925年5月21日、ハチの主人の上野さんはの脳出血で倒れてそのまま帰らぬ人となってしまいました。

ハチはその日もジョンとエスと一緒に上野さんを渋谷駅まで迎えに行っていたと言われています。

その後ハチは上野さんの妻八重さんの親戚の呉服屋(日本橋伝馬町)へ預けられますが、人懐っこい性格からお客さんが来るとすぐに飛びついてしまうため商売にならず、浅草の高橋千吉さんの家にもらわれていきます。

しかし、そこでも高橋さんと近所の住人との間でもめ事が起こり、ハチは再び渋谷の上野さん宅へ戻されてしまいます。

渋谷に戻ったハチは近所の畑で走り回り、作物をダメにしてしまうことから、今度は上野さんの家に植木職人として出入りをしていた、ハチを幼少時から可愛がっていた小林菊三郎さんの家に預けられます。

ハチは小林さんにもとても可愛がられていましたが、渋谷駅で上野さんが帰宅していた時間にハチが頻繁に目撃されるようになったそうです。

ハチが渋谷駅を訪れる際には、途中の旧上野邸に必ず立ち寄って窓から中を覗いていたそうですよ。

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ハチ「朝日新聞」に載る

渋谷駅前に現れ亡くなった主人を待つようになったハチは、通行人や商売人からしばしば虐待を受けたり、子供たちのいたずらの対象になったりしていたそうです:;(∩´﹏`∩);:

ハチのことを知っていた日本犬保存会初代会長・斎藤弘吉さんが渋谷駅周辺で邪気に扱われているハチをかわいそうに思い、ハチの事を新聞に寄稿しました。

このことが『東京朝日新聞』に「いとしや老犬物語」というタイトルで掲載され、その内容が人々の心を打ちました。

 

その事を斎藤弘吉さんは、自著の『日本の犬と猿』の中で

↓↓↓↓このように記しています↓↓↓↓

「(ハチは)困ることにはおとなしいものだから、良い首輪や新しい胴輪をさせると直ぐ人間に盗みとられる。(中略)また駅の小荷物室に入り込んで駅員にひっぱたかれたり、顔に墨くろぐろといたずら書きされたり、またある時は駅員の室からハチが墨で眼鏡を書かれ八の字髯をつけられて悠々と出て来たのに対面し、私も失笑したことを覚えている。夜になると露店の親父に客の邪魔と追われたり、まるで喪家の犬のあわれな感じであった」

「なんとかハチの悲しい事情を人々に知らせてもっといたわって貰いたいものと考え、朝日新聞に寄稿したところ、その記事が大きく取り扱われ、昭和七年十月四日付朝刊に『いとしや老犬物語、今は世になき主人の帰りを待ちかねる七年間』という見出しにハチの写真入りで報道され、一躍有名になってしまった。(中略)朝日の写真班員の来駅で駅長がびっくりしてしまい、東横線駅ともども駅員や売店の人々まで急にみな可愛がるようになってしまった」

参照:斎藤弘吉『日本の犬と猿』雪華社1964年

 

ハチのことが新聞報道されてからは、さらにハチのことが知られるようになり、有名になったハチは『ハチ公』と呼ばれ人々に可愛がられるようになりました。

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『ハチ』天国に行く

ハチの主人・上野英三郎さんが亡くなってから10年近くが経った1935年(昭和10年)3月8日午前6時過ぎ、ハチは渋谷川に架かる稲荷橋付近にある滝沢酒店北側路地の入り口付近(現:渋谷ストリーム駐車場入り口付近)で死んでいるのを発見されました。

 

ハチの死後、渋谷駅でハチの告別式が行われ、上野さんの妻・八重さんや、駅家町内の大勢の人々が参列し、渋谷・宮益坂にあった妙祐寺の僧侶16人による読経が行われ、花環25・生花200・手紙や電報が180、などなどと、人間さながらの葬儀が執り行われたと言われています。

 

↓↓↓ハチ公のお話をDVDで子供たちとみました↓↓↓

 

 

ハチは、上野英三郎さんと同じ青山霊園に葬られ4メートル四方の竹垣で囲った区画の奥には、『東京帝国大学教授農学博士上野英三郎墓』と刻まれた墓石があり、その右手に小さな祠があるのですが、それがハチのお墓です。

 

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ハチ公の銅像が設置されたのは渋谷以外にもある?

ハチ公の銅像があるのは渋谷だけではないんですね

 

生後間もなく東京・渋谷の上野さんのところに行ったハチですが、秋田県大館市には「ハチ公誕生の地」としてハチに関連する活動がたくさん行われています。

https://twitter.com/azukimameo/status/1127057629790986240

 

  • ハチの死後4ヶ月あまりを経た1935年7月8日に渋谷のハチ公像と同じ型で作られた銅像が大館駅前に設置されています。
  • 大館駅の構内には1989年春「JRハチ公神社」と称する神社が作られ、発泡スチロール製の全長・全高ともに約2メートルという大型のハチ公像が設置されました。

  • 2003年10月12日、ハチの誕生80周年を記念して市内のハチの生家前に石碑が設置されました。
  • 2004年10月、秋田県市内の秋田犬会館前に新たな像「望郷のハチ公像」が設置されました。
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まとめ

ハチ公の生涯・・・どうでしたか?

なんとなくしか知らなかった私は、さらにハチ公のファンになってしまいました。

犬ってすごいですよね!主人にこんなにも忠実になれるなんて。

人間にいじめられたハチを思うと心が痛いですが、それでも主人を待つために毎日駅に向かっていたハチを思うとジーンとしてしまいました。

どんな気持ちで毎日主人を待っていたのでしょうね。。。。

 

ここまで読んでいただき、

ありがとうございました(*´◒`*)

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